2005年12月 1日 (木)

幻想小説『時の旅人』~1章・物の怪-神隠し③

 迎えの籠は午後1番でやってきた。それはとても豪勢な籠で、 その武家の家紋の刺繍の入った房が下がっているところからして、当主用のものではないかと思われた。 中には上質な座布団が敷かれており、乗り込むとやはり主の残された波動が伝わってくる。最近この籠を使ったのは、 近くの神社に詣でた時のようだ。娘の身を案じる父親の悲痛な叫びがそこには染み付いていた。 これは想像以上に主への進言の時機を計らなければならないと思われた。またこの籠は、 どうやら大層有名な町医者である主治医を迎えに行く時にも使われているようだ。金にはなるが、 いちいち遠くにまで出向くのが難儀だと溜息を漏らす医者の姿が映っている。この医者の思念を辿るに、 主の病は心の臓の病だがその症状は身体的には左程重くはなさそうだ。どうも精神的なストレスがその病気の悪化を招いている。 やはり娘の無事な姿を拝ませてやるしかなさそうだが…。今の娘の姿を直視して、 その心臓が持ち堪える事が出来るのかという不安も大きい。もう少し当主との直接の会話をし、 娘が失踪するまでの親子関係が如何なるものであったのかを知る必要がありそうだった。

 その屋敷は、予想通りの立派なものだった。そう言えば聞こえは良いが、門構えからして、 当主の少々悪趣味な権威を誇張しがちな色使いと金銀で煌びやかに飾り付けた派手な佇まいがそこにはあった。
「ご立派なお屋敷ですね…」
俺は屋敷内に案内する為に遣わされてきた小柄な男に挨拶と共に社交辞令を言ってみたが、その案内役の男は挨拶に軽く会釈をしただけで、 当主の病床までと言って俺に追随を促して、そそくさと屋敷の奥へと向かうだけだった。途中使用人かと思われる男や女に数名行き遇ったが、 皆が一様に頭を下げるだけで、何か不自然さを覚えた。案内されて着いた当主の寝所は、怪しい気が垂れ込める不穏な空気の漂う部屋だった。 屋敷に来てからずっと感じ続けていた違和感の源はここなのだと直感した。客が来ても起き上がる事すら叶わぬ当主は、 布団に横たわったままその青白い顔を覗かせて俺を出迎えた。
「この度は、下拙をお迎え下さり、誠に有り難う御座います」
俺は最大限の敬意を払って当主に頭を深く下げた。するとその当主は病でその声の力こそ弱っていたが意外と気さくな話し方をする男で、 娘の事で世話になったと礼を述べてくるばかりか、このままではお勤めも侭ならず、家臣や使用人達にも迷惑が及ぶので、 何とか娘の居所を突き止めて欲しいと逆に深く頭を下げられてしまう始末だった。そこに妻に先立たれた後、 男手一つで育て上げてきた娘の身を案じる形振り構わぬ父の姿があった。上手く父娘を再会させてやらなければならないと思えた。
 当主の話によれば、娘が6歳の時に母親である妻が肺の病で他界し、以来娘との関係がギクシャクしてきたのだという。 それまで男ではありがちな仕事仕事で家庭など顧みず、 妻の最期さえ看取ってやれなかった父親に対する恨みの念のようなものがあったのではないかと主は語る。それまで就いていた役職も退陣し、 家庭で娘と過ごす時間も設けようと試みたようだが、全てが徒労に終わり、娘と心を通わせる事が出来ないできてしまったという…。その為か、 ついつい娘への躾ばかりが厳しくなり、習い事を沢山習わせたり、花嫁修業の作法などを随分と強制してしまったようだ。顔を見れば、 本当はその手に抱きしめてやりたいと思ってはみたものの、小言だけが口をついて出る始末…。主はそんな自分を不甲斐無いと自責していた。 しかし、俺が探ってみた感じでは、娘が父親に敵意や憎しみを抱いていた風はない。ただ、 上手くコミュニケーションが取れないできてしまった不器用な似た者同士父娘の姿が浮かぶ…。 ずっと擦れ違ってきてしまった父娘関係の糸が可笑しな具合に絡み合い、事を複雑にしてしまったのではないだろうか…。
「なるほど…お嬢様との事はよくわかりました。…少々お屋敷の中を調べさせて戴いても宜しいですか?…お嬢様の波動を辿る為にも、 もう少し手掛りが欲しいのですが…」
当主は意外とあっさり快諾してくれた。俺は丁寧に礼を述べると、もしも何かわかれば再びこちらに寄ると言伝て、主の寝所を後にした。 まずは娘の部屋や娘との接点の多かった使用人を当たってみなければなるまい……。

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2005年11月19日 (土)

幻想小説『時の旅人』~1章・物の怪-神隠し②

 俺はその武家の家来の男から失踪した娘の当日着ていたという着物の切れ端を預かり、 そこから娘の波動を伝っていく事を試みた。娘が死んでいる感じはない。生の波動はまだまだ強く感じられる。 娘はわりと元気に暮らしていそうな気配がある。そこから娘の苦しむ姿や悲しむ声が見聞きされないのだ。 どちらかというと屈託のない笑顔でころころとよく笑っている姿が見える。 とても浚われて苦労させられたりしているようには感じられないのだ。
「この着物の持ち主であったお嬢様は、屋敷ではよく笑う方だったのでしょうかね?」
俺はどうもその笑顔の残像がかなり前にこの布に染み付いたのではなく、極々最近になって付いたのではないかと思えたからだ。 そこで家来に訊いてみると、案の定娘が屋敷で笑っている姿など年に1・2度あれば良い方だったと答えが返ってきた。そういう事か… 俺はある考えに至った。娘は自らどこかに家出をして身を隠しているのだと…。恐らくこの布切れを置いていったのはその娘自身か同居人…。 自分が生きている事を屋敷の者、特に父親に知らせたかったのだろうが、 逆にその父の身を危険に曝す事になってしまうとは予想だにしなかったのだろう。しかしながら、 今この事実を目の前の家来に伝える訳にはいかない。何故なら、 この布切れの持ち主である武家の娘は自分の事を探さずにそっとしておいて欲しいと思っているからだ。 何れ話さなければならない事は重々承知しているが、その時機を計っているのだ。その理由はこの娘の今の同居人にあった。 この娘はある男の下に転がり込んだのだ。今はその男とそれまでのように裕福ではないが、幸せに暮らしている。しかし、 相手が武士ではなく只の行商人ならば、とてもその男との生活など彼女の家で認められる訳がない。そこで思い切ってこの娘は、 何もかも捨ててその身一つで男の下へと下っていったのだ。これがもし知れれば、当然男は裁かれ、下手をすると死罪、 良くても流刑といったところだろう。ここは真実を伝えるのも考えどころなのではないかと判断した。占い師は、 観えたもの全て真実を赤裸々に伝えれば良いというものではない。やはり受け手の側の心身状態や解釈力、性格的な資質を捉えて、 伝えるべき物事を選ばなくてはならないのだ。よく当たるも八卦当たらぬも八卦と言われるが、依頼人は相談に来る時、 多かれ少なかれそこに希望や救いを求めてくる。それを全て抓むような事柄まで言う必要はない。依頼人が何とか救いを得られる道を探り、 それを勧めていく事が求められる道ではないかと俺は考えている。ここでもしこの家来に真実を告げれば、 領内の行商人の家全部を家捜しして娘は見つかるかもしれない。だがそこで、必ず娘と男は引き裂かれる。 そこで失意のどん底に突き落とされた娘が、自らも後追い自殺しかねない。今生で果たせなかった思いをあの世で… などと考えそうなほどに娘はこの男の事を愛している。男も娘の事を裏切っている風もなく、二人仲睦まじく暮らしている。ここで引き裂く事で、 一つの命は確実に失われ、もう一つの命も奪われるかもしれないし、その娘の死によってその病弱な父も命を縮めるかもしれないのだ。 心の支えを失った人間というのは意外と脆いものだ。ここは少し屋敷の内情を知り、 どう当主に進言するのが1番相応しいのかを探る必要があると思えた。
「天海殿、如何に御座ろうか?」
暫く布を手にしたまま押し黙っていた俺に、その家来が問いかけてきた。
「そうですね、この端切れくらいではとてもお嬢様の消息までは掴み切れません。ですから1度お屋敷の方まで伺わせて戴いて、 お嬢様がよく使われていた品物などを直に手に取らせて戴いても宜しいでしょうか。…ああ、ただ、お嬢様は生きてはいらっしゃいますよ。 波動は決して弱くはありませんし、ご不自由してらっしゃる様子もこれから感じるにはありません」
一応、少し安心するような答えも返してやらなければ、この家来も大人しくは引き下がれないと考え、 わかる限りではという事で少しの情報を与えると、生存している事にかなり喜び、 午後に使いの籠を寄越すと言って大層な報酬まで置いて去っていった。

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2005年11月17日 (木)

幻想小説『時の旅人』~1章・物の怪-神隠し①

 その日、朝早くからけたたましく扉を叩く音が鳴り響き、 多少の物音では起きもしない俺が起こされる羽目になった。といっても、その時既に摩菜が戸口から表の者に声をかけていたのだが… 。何時も夜更け過ぎに寝る習慣の俺には、早朝起こされた状況での受け答えが非常に悪いのはこの頃から変わってはいないので、 摩菜はかなり俺に気を使って急いで浴衣の上から羽織を羽織って出向いて行ったに違いない。
「暁闇様、何やらお武家様のご家来の方が急用でお越しのように御座います…」
 当時俺は『天海 暁闇(ぎょうあん)』と名乗っていた。まだ寝惚け眼の俺に摩菜が不躾に訪れた客の正体を明かしにきた。 あまりお偉いさんに媚び諂うのは俺の性には合わなかったが、 かといって武家に逆らったとなれば如何なる無理難題な罪を着せられて殺されるかしれない。…お前は死なないのだろうという突っ込みは無用だ。 今まで生きてこられたのは、この特異体質のお蔭では勿論あるが、 死に至るような致命傷を負った事がなかったという事も背景的理由としてあるように思える。仕方がないので話を訊く事を摩菜に告げさせ、 俺は仕事用の着物に着替えた。

 何やら話し方に落ち着きがないその武家の家来の男の話を掻い摘んでみるとこうだ…。1ヶ月ほど前の或る日、 武家の娘が何者かに拐かされたと言うのだ。年は15。 屋敷から出る事などほとんどなく過ごしているような武家の娘がどのようにして連れ去られたのかは、 結局調査によっても明らかにはならず、無論娘の消息も不明…。御触れを出したりして情報も募ってみたらしいが、 有力な手懸りは何一つ見つかってはいないという。ところが昨日の夕刻、屋敷の門の前に門番交替の隙を衝いて、 その娘が行方不明になる前に身に着けていたと思われる着物の切れ端が落ちていたというのだ。そこで、 妻に先立たれていた当主は娘の身を案じて寝込む始末で、 主の身を憂う家来がこうして朝早くに町の噂を聞きつけて遥々やってきたという訳だった。 その屋敷はここからは5kmくらいの位置に在り、かなり早くに出向いてきたと思われた。男は、 その落ちていたという娘の着物の切れ端を俺に見せ、これから娘の居場所などが掴めないかと訊いてきた。 もし場所がわからないのであれば、せめて娘の安否だけでも知りたいというのだ。その表情には鬼気迫るものがあった…。

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幻想小説『時の旅人』~序章・暁燃ゆ②

 今日も一人のクライアントがこの事務所にやってきた。年の頃は30代中半くらいの少し痩せ型の女…。 相談は、夫が浮気している女の所に行って帰って来ないという。女の居所がわからないから、突き止めてくれという。思わず俺は、 隣の探偵事務所を紹介しようかと言いかけたが、目の前でその客が泣き崩れてしまったので、どうにも言葉に詰まってしまった。 俺の能力では、余程でなければその地域的な所まで特定出来るには至らない。客との波長がかなり合致し、 その客に強い霊気を放つ力がある時くらいだ。よって必然的に、客との相性によっては全く見えてこない、 感じてこない事もしばしばあるのだ。霊感の怖いところはこういったところにある。 客によっては自分でも恐ろしくなるほどビシビシと感じられる事もあれば、波長が全く合わず感じられないばかりか、 下手をするとこちらの具合が悪くなるような場合がある。なので俺は日頃、無理そうな客には途中で断りを入れて、 御代は戴かない事にしている。この客は、それほど相性的には悪くはないのだが、 客自身の波動が弱過ぎて読み切れないというのが現状だった。それを伝えたら客はますます失望していた。 しかし少々忠告はしておいた。この手の夫や彼氏に浮気される女にはわりと多いケースなのだが、 夫の浮気を疑い始めた頃からその事ばかりに囚われ過ぎて、 その証拠になるようなものを躍起になって携帯をチェックしたりして探したりする訳だが、 その時に自分が恐ろしい山姥のような形相になってしまっている事に意外と気付かないでしまっているのだ。 それで突き止めた動かぬ証拠を相手に突き付ける時の顔がまた恐い…。そんな化粧っ気もないような顔で、 鬼の首を取ったように詰問されても、その事実をあっさり認める事はあっても、その女の下に戻ろうなどとは決して思わないだろう。 それよりも、自分を磨き込んで毎日笑顔で迎え入れてやっていれば、普通に男など敵わないなと思えたり、罪の意識に苛まれたり、 逆に女に男でも出来たんじゃないかと心配したりするものだ。『北風と太陽』などという話があったと思うが、まさにあれなのだ。 本当に自分に戻ってきて欲しいのならば、相手に戻って来ようという気持ちを起こさせるように自らも努力をしなくてはならない。 たなぼた式に維持出来る恋愛や結婚関係などないだろう。なので、その客にも、 まずは毎日身奇麗にして他でストレスを発散させるように考えて、 相手には1番良い笑顔で出迎えてあげる事をしてみろと促してみた。部屋に入ってきた時には気付かなかったが、 よく観ると結構笑顔が可愛い奥さんだ。 10年前にはさぞかし可愛らしいお嬢さんだったのだろうと垣間見る事が出来た。

 久しぶりに人の居場所を探してくれという依頼だったので面食らう点もあったが、 この客の背中を見送りながら、少し昔の事を思い出していた。人探しをよく頼まれた時代がある。それは遥か昔… 世がエドと呼ばれていた時代…。当時、行方不明者などというものは神隠しに遭ったなどと言われ、 今の警察に当たる番屋などに頼みに行っても取り合ってなどくれない時代だった。従って、 そういう人探しなどは意外と占い師や祈祷師などに依頼が来る事が多かった。それで全てが解決した訳ではなかったが、 その中でも幾つか記憶に鮮明に残っているものがある。その頃の俺には今よりも数段上の能力があった。 まだまだ生死が隣り合わせの時代であった所為か、霊力も高く除霊なども可能であったし、透視能力も今よりずっと優れていた。 どうやら俺は、世の中の文明の発達に逆行して、その能力も霊力も衰えてきてしまったようだ。 今にその力が完全に消失してしまうかもしれない…。そう思うと、あの頃の燃えるような想いと力が懐かしくなった。 あの昇り来る暁のような時代(とき)を……。

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幻想小説『時の旅人』~序章・暁燃ゆ①

 俺は『天海 暁成(あきなり)』…今は『プルート・天海』 という源氏名で霊感占い師などをやっている。 源氏名の方は、俺の占星術で観た守護星から採っている。
 先日、さる占い事務所から独立し、細々ではあるが街の中心街からは少々逸れた場所に小さな事務所兼鑑定場所を設けている。とはいえ、 知名度などはまだまだ低い俺のような者では訪れる客も疎らで、ネットの占い登録サイトに登録をして、 電話やチャットなどによる鑑定も受け付けている有様だ。さらに、これでも収入はまだまだ不安定で、本当の収入の糧は古くからの友人でもあり、 俺の事務所の隣に事務所を構えている探偵の『榊田 徳馬』の人探しなどの依頼の手伝いをして漸く得ているという現状だ。 やはり給料制の会社を辞めるものではなかったと、後悔は何時も先には立たない…。

 と…これはあくまでも俺の現代に於ける表の顔だ。 俺はどうやら普通の人間として生きる事を赦されなかった人間のようだ。もう既に何時生まれたのかさえ定かではない。 俺が意識を保っていた時には既にこの体は様々な時を経ても存在し続けていた。こういうと、 もしかすると俺は人間ではないのかもしれないが…。それは俺にも分からない命題だ。とにかく、 俺は通常の人間のように年を取ったり、死んだりが出来ない体を持っている。その所為で、俺はもう何百年… いやもしかしたらそれ以上に…人の世の移り変わりをこの目で見てきた。 それは別に有名な人物や偉業を為した人物などというものではなかったが、何千人もの人間の生き様を見てきた。 この時を旅する事が何時まで続くのかは分からないが、今、俺はその旅の途中で一休みしたい気分になっている。 そしてその一休みの間に、この旅の中で俺の記憶に残っているものを日記のように書き残しておこうと思う。 その旅先で出会った何気ない者との出会いが俺に齎したものを伝えられたらと…そう思う…。

 そうだ、ここで忘れてはならない人物を紹介しておかなくてはならない…。 実は俺には常に寄り添って旅に同行してくれた者が居る。その名は『摩菜』…苗字はその時々で有ったり無かったり様々だ。 どうやら彼女にとってそんな観念はどうでも良いらしい。唯、常に俺の傍でその時を見てきた…。彼女もまた時の旅人だ。 何故彼女が俺と共に行動するのかは不明だが、彼女が居たからこそ、俺の旅もそう辛くはなかったと言えるだろう…。これから、 その旅で印象に残っているものを書き記していこうと思う。時間を持て余している誰かの退屈凌ぎにでもなれば幸いだ……。

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