幻想小説『時の旅人』~1章・物の怪-神隠し③
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俺はその武家の家来の男から失踪した娘の当日着ていたという着物の切れ端を預かり、
そこから娘の波動を伝っていく事を試みた。娘が死んでいる感じはない。生の波動はまだまだ強く感じられる。
娘はわりと元気に暮らしていそうな気配がある。そこから娘の苦しむ姿や悲しむ声が見聞きされないのだ。
どちらかというと屈託のない笑顔でころころとよく笑っている姿が見える。
とても浚われて苦労させられたりしているようには感じられないのだ。
「この着物の持ち主であったお嬢様は、屋敷ではよく笑う方だったのでしょうかね?」
俺はどうもその笑顔の残像がかなり前にこの布に染み付いたのではなく、極々最近になって付いたのではないかと思えたからだ。
そこで家来に訊いてみると、案の定娘が屋敷で笑っている姿など年に1・2度あれば良い方だったと答えが返ってきた。そういう事か…
俺はある考えに至った。娘は自らどこかに家出をして身を隠しているのだと…。恐らくこの布切れを置いていったのはその娘自身か同居人…。
自分が生きている事を屋敷の者、特に父親に知らせたかったのだろうが、
逆にその父の身を危険に曝す事になってしまうとは予想だにしなかったのだろう。しかしながら、
今この事実を目の前の家来に伝える訳にはいかない。何故なら、
この布切れの持ち主である武家の娘は自分の事を探さずにそっとしておいて欲しいと思っているからだ。
何れ話さなければならない事は重々承知しているが、その時機を計っているのだ。その理由はこの娘の今の同居人にあった。
この娘はある男の下に転がり込んだのだ。今はその男とそれまでのように裕福ではないが、幸せに暮らしている。しかし、
相手が武士ではなく只の行商人ならば、とてもその男との生活など彼女の家で認められる訳がない。そこで思い切ってこの娘は、
何もかも捨ててその身一つで男の下へと下っていったのだ。これがもし知れれば、当然男は裁かれ、下手をすると死罪、
良くても流刑といったところだろう。ここは真実を伝えるのも考えどころなのではないかと判断した。占い師は、
観えたもの全て真実を赤裸々に伝えれば良いというものではない。やはり受け手の側の心身状態や解釈力、性格的な資質を捉えて、
伝えるべき物事を選ばなくてはならないのだ。よく当たるも八卦当たらぬも八卦と言われるが、依頼人は相談に来る時、
多かれ少なかれそこに希望や救いを求めてくる。それを全て抓むような事柄まで言う必要はない。依頼人が何とか救いを得られる道を探り、
それを勧めていく事が求められる道ではないかと俺は考えている。ここでもしこの家来に真実を告げれば、
領内の行商人の家全部を家捜しして娘は見つかるかもしれない。だがそこで、必ず娘と男は引き裂かれる。
そこで失意のどん底に突き落とされた娘が、自らも後追い自殺しかねない。今生で果たせなかった思いをあの世で…
などと考えそうなほどに娘はこの男の事を愛している。男も娘の事を裏切っている風もなく、二人仲睦まじく暮らしている。ここで引き裂く事で、
一つの命は確実に失われ、もう一つの命も奪われるかもしれないし、その娘の死によってその病弱な父も命を縮めるかもしれないのだ。
心の支えを失った人間というのは意外と脆いものだ。ここは少し屋敷の内情を知り、
どう当主に進言するのが1番相応しいのかを探る必要があると思えた。
「天海殿、如何に御座ろうか?」
暫く布を手にしたまま押し黙っていた俺に、その家来が問いかけてきた。
「そうですね、この端切れくらいではとてもお嬢様の消息までは掴み切れません。ですから1度お屋敷の方まで伺わせて戴いて、
お嬢様がよく使われていた品物などを直に手に取らせて戴いても宜しいでしょうか。…ああ、ただ、お嬢様は生きてはいらっしゃいますよ。
波動は決して弱くはありませんし、ご不自由してらっしゃる様子もこれから感じるにはありません」
一応、少し安心するような答えも返してやらなければ、この家来も大人しくは引き下がれないと考え、
わかる限りではという事で少しの情報を与えると、生存している事にかなり喜び、
午後に使いの籠を寄越すと言って大層な報酬まで置いて去っていった。
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俺は『天海 暁成(あきなり)』…今は『プルート・天海』 という源氏名で霊感占い師などをやっている。
源氏名の方は、俺の占星術で観た守護星から採っている。
先日、さる占い事務所から独立し、細々ではあるが街の中心街からは少々逸れた場所に小さな事務所兼鑑定場所を設けている。とはいえ、
知名度などはまだまだ低い俺のような者では訪れる客も疎らで、ネットの占い登録サイトに登録をして、
電話やチャットなどによる鑑定も受け付けている有様だ。さらに、これでも収入はまだまだ不安定で、本当の収入の糧は古くからの友人でもあり、
俺の事務所の隣に事務所を構えている探偵の『榊田 徳馬』の人探しなどの依頼の手伝いをして漸く得ているという現状だ。
やはり給料制の会社を辞めるものではなかったと、後悔は何時も先には立たない…。
と…これはあくまでも俺の現代に於ける表の顔だ。 俺はどうやら普通の人間として生きる事を赦されなかった人間のようだ。もう既に何時生まれたのかさえ定かではない。 俺が意識を保っていた時には既にこの体は様々な時を経ても存在し続けていた。こういうと、 もしかすると俺は人間ではないのかもしれないが…。それは俺にも分からない命題だ。とにかく、 俺は通常の人間のように年を取ったり、死んだりが出来ない体を持っている。その所為で、俺はもう何百年… いやもしかしたらそれ以上に…人の世の移り変わりをこの目で見てきた。 それは別に有名な人物や偉業を為した人物などというものではなかったが、何千人もの人間の生き様を見てきた。 この時を旅する事が何時まで続くのかは分からないが、今、俺はその旅の途中で一休みしたい気分になっている。 そしてその一休みの間に、この旅の中で俺の記憶に残っているものを日記のように書き残しておこうと思う。 その旅先で出会った何気ない者との出会いが俺に齎したものを伝えられたらと…そう思う…。
そうだ、ここで忘れてはならない人物を紹介しておかなくてはならない…。 実は俺には常に寄り添って旅に同行してくれた者が居る。その名は『摩菜』…苗字はその時々で有ったり無かったり様々だ。 どうやら彼女にとってそんな観念はどうでも良いらしい。唯、常に俺の傍でその時を見てきた…。彼女もまた時の旅人だ。 何故彼女が俺と共に行動するのかは不明だが、彼女が居たからこそ、俺の旅もそう辛くはなかったと言えるだろう…。これから、 その旅で印象に残っているものを書き記していこうと思う。時間を持て余している誰かの退屈凌ぎにでもなれば幸いだ……。
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