幻想小説『時の旅人』~1章・物の怪-神隠し③
迎えの籠は午後1番でやってきた。それはとても豪勢な籠で、 その武家の家紋の刺繍の入った房が下がっているところからして、当主用のものではないかと思われた。 中には上質な座布団が敷かれており、乗り込むとやはり主の残された波動が伝わってくる。最近この籠を使ったのは、 近くの神社に詣でた時のようだ。娘の身を案じる父親の悲痛な叫びがそこには染み付いていた。 これは想像以上に主への進言の時機を計らなければならないと思われた。またこの籠は、 どうやら大層有名な町医者である主治医を迎えに行く時にも使われているようだ。金にはなるが、 いちいち遠くにまで出向くのが難儀だと溜息を漏らす医者の姿が映っている。この医者の思念を辿るに、 主の病は心の臓の病だがその症状は身体的には左程重くはなさそうだ。どうも精神的なストレスがその病気の悪化を招いている。 やはり娘の無事な姿を拝ませてやるしかなさそうだが…。今の娘の姿を直視して、 その心臓が持ち堪える事が出来るのかという不安も大きい。もう少し当主との直接の会話をし、 娘が失踪するまでの親子関係が如何なるものであったのかを知る必要がありそうだった。
その屋敷は、予想通りの立派なものだった。そう言えば聞こえは良いが、門構えからして、
当主の少々悪趣味な権威を誇張しがちな色使いと金銀で煌びやかに飾り付けた派手な佇まいがそこにはあった。
「ご立派なお屋敷ですね…」
俺は屋敷内に案内する為に遣わされてきた小柄な男に挨拶と共に社交辞令を言ってみたが、その案内役の男は挨拶に軽く会釈をしただけで、
当主の病床までと言って俺に追随を促して、そそくさと屋敷の奥へと向かうだけだった。途中使用人かと思われる男や女に数名行き遇ったが、
皆が一様に頭を下げるだけで、何か不自然さを覚えた。案内されて着いた当主の寝所は、怪しい気が垂れ込める不穏な空気の漂う部屋だった。
屋敷に来てからずっと感じ続けていた違和感の源はここなのだと直感した。客が来ても起き上がる事すら叶わぬ当主は、
布団に横たわったままその青白い顔を覗かせて俺を出迎えた。
「この度は、下拙をお迎え下さり、誠に有り難う御座います」
俺は最大限の敬意を払って当主に頭を深く下げた。するとその当主は病でその声の力こそ弱っていたが意外と気さくな話し方をする男で、
娘の事で世話になったと礼を述べてくるばかりか、このままではお勤めも侭ならず、家臣や使用人達にも迷惑が及ぶので、
何とか娘の居所を突き止めて欲しいと逆に深く頭を下げられてしまう始末だった。そこに妻に先立たれた後、
男手一つで育て上げてきた娘の身を案じる形振り構わぬ父の姿があった。上手く父娘を再会させてやらなければならないと思えた。
当主の話によれば、娘が6歳の時に母親である妻が肺の病で他界し、以来娘との関係がギクシャクしてきたのだという。
それまで男ではありがちな仕事仕事で家庭など顧みず、
妻の最期さえ看取ってやれなかった父親に対する恨みの念のようなものがあったのではないかと主は語る。それまで就いていた役職も退陣し、
家庭で娘と過ごす時間も設けようと試みたようだが、全てが徒労に終わり、娘と心を通わせる事が出来ないできてしまったという…。その為か、
ついつい娘への躾ばかりが厳しくなり、習い事を沢山習わせたり、花嫁修業の作法などを随分と強制してしまったようだ。顔を見れば、
本当はその手に抱きしめてやりたいと思ってはみたものの、小言だけが口をついて出る始末…。主はそんな自分を不甲斐無いと自責していた。
しかし、俺が探ってみた感じでは、娘が父親に敵意や憎しみを抱いていた風はない。ただ、
上手くコミュニケーションが取れないできてしまった不器用な似た者同士父娘の姿が浮かぶ…。
ずっと擦れ違ってきてしまった父娘関係の糸が可笑しな具合に絡み合い、事を複雑にしてしまったのではないだろうか…。
「なるほど…お嬢様との事はよくわかりました。…少々お屋敷の中を調べさせて戴いても宜しいですか?…お嬢様の波動を辿る為にも、
もう少し手掛りが欲しいのですが…」
当主は意外とあっさり快諾してくれた。俺は丁寧に礼を述べると、もしも何かわかれば再びこちらに寄ると言伝て、主の寝所を後にした。
まずは娘の部屋や娘との接点の多かった使用人を当たってみなければなるまい……。
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